消防教育の現場が直面する「経験の壁」
消防学校では、日々実践的な教育訓練が行われていますが、実火災に近い環境を再現するにはいくつかの構造的な課題があります。具体的には、安全管理上の理由から濃煙や熱気を訓練で完全に再現することが困難であるという「環境的制約」が存在します。また、危険を伴う訓練には複数の指導員が必要となるため、学生一人あたりの体験回数や時間が制限される「時間的・人的制約」も課題です。さらに、燃焼や資機材消耗を伴う訓練には相応のコストがかかるため、頻繁な実施が難しい「経済的制約」も挙げられています。
これらの課題に対し、株式会社マンカインドゲームズは、最新のゲーム開発技術を活用し、「安全な環境で、失敗から学ぶ経験」を創出することで、訓練効果の向上を目指しました。
開発されたシステムの主な特徴
開発されたVR訓練システムには、以下の特徴があります。
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実科訓練では再現困難な「リアルな現場」の再現
ゲーム開発エンジンを活用し、濃煙による視界不良の状態を再現しています。視覚的な熱の表現なども取り入れられ、現場特有の「生理的な焦り」や過酷さを感じられる設計となっています。 -
ゲーミフィケーションによる能動的な学習
「低い姿勢を保てているか」「残圧(空気量)を確認しているか」などを検知し、不適切な行動にはアラートを出し、終了後にはスコアとして客観的な評価をフィードバックするゲーミフィケーション要素が採用されています。これにより、学生が自ら課題を見つけて反復練習する意欲を引き出すことが期待されます。 -
用途に合わせた2つの訓練モード
以下の2つの訓練モードが実装されています。-
実践モード:実際の消火・検索活動をシミュレーションします。1人でCPU(AI)と訓練する「シングルプレイ」のほか、3名の学生がVR空間に同時にアクセスし、小隊長や隊員として連携行動を学ぶ「マルチプレイ」にも対応しています。
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ヒヤリハット体験モード:「バックドラフト(爆発現象)」「床抜け」「崩落」など、訓練では体験が困難な「重大事故」に至るシナリオを安全に疑似体験し、危機管理意識を高めます。
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省スペースで実施可能
VRゴーグルとコントローラーがあれば、教室や寮の2m×2m程度のスペースで実施可能です。天候や施設の空き状況に左右されず、準備の手間もかかりません。


実証内容と結果
東京消防庁消防学校内の会議室において、集合研修の形態で119名の初任学生がVR訓練を体験し、実施後にアンケート調査が行われました。

分析結果
本VRシステムは、既存の訓練では再現が困難な体験を提供することで、全体の訓練効果を底上げするツールとして機能したことが示唆されました。
1. 教育面での成果
VR訓練の核となる価値である「現場イメージの具体化」や「危険性の認識」に関連する項目で高い評価を獲得しました。主な肯定的な効果として、多くの学生が煙や暗闇で何も見えなくなる「視界不良」をリアルに体験できた点を挙げています。また、VRならではの身体動作を伴う操作性も訓練効果を高め、「残圧計を確認するために実際に身体を動かす必要がある」といった実践的動作による学習効果も高く評価されました。
一方で、VR技術固有の課題も明らかになりました。一部の学生からは、コントローラーのボタン操作やジョイスティックによる移動方法が直感的でなく、慣れが必要だったという意見や、VR酔いを経験したという回答が見られました。継続的な利用による慣れが期待されるものの、運用上の工夫も求められる課題であると考えられます。

2. 運用面での効果
教育効果の深化に加え、運用面においてもコスト適正化などの有効性が確認されました。VR訓練では熱さや作業困難性を完全に再現することは依然として難しいですが、コスト、指導員の必要数、実施スペース、準備時間といった指標において、既存のAFT(模擬消火訓練装置)による訓練を大幅に上回る効率性が実証されています。特に、実施コストは約90%削減、必要な指導員数は100%削減を達成しました。指導員が不要になることは、学生が自習的に高度な訓練を可能にし、技術力のさらなる向上に寄与するでしょう。また、指導員が常時の監視業務から解放され、訓練後のフィードバックといった付加価値の高い活動に注力できるという利点も確認されました。
東京消防庁消防学校校務課 ご担当者様によるコメント
東京消防庁消防学校校務課のご担当者様は、「VRを活用するメリットは、限られたスペースで少人数でできることです。実際の訓練では火災の想定シーンを作るのに時間がかかり、試行回数も限られてしまいます。VRなら、いろいろなシナリオを想定でき、自分が納得できるまで何回も訓練を繰り返すこともできるので、さまざまなシーンのイメージトレーニングをしていくことも期待しています。夏の暑い日などの訓練は熱中症対策で屋外でできなかったりと制限があります。場所や天候を問わず訓練ができるVRはその点でもメリットがあります。そのため、まずは消防学校の初任学生向けのこの取り組みを成功させ、将来的には現場の隊員も使えるツールとして消防活動訓練VRを展開できれば理想的です。」とコメントされています。
今後の展望
今回の東京消防庁との協働により、株式会社マンカインドゲームズのゲーム技術がプロフェッショナル向けの訓練ソリューションとして有効である可能性が確認されました。今後は、本実証で得られた知見を応用し、官公庁、民間企業等の防災訓練を支援するソリューション「バーチャル防災訓練」を展開していく方針です。オフィス環境を再現するデジタルツインの構築を通じ、より効果的な防災訓練の仕組みを提供し、社会全体の防災力強化に貢献していくことを目指しています。
株式会社マンカインドゲームズについて
株式会社マンカインドゲームズは、前身企業からの実績を含め、過去10年間で合計約200件のゲーム、XR・メタバース開発プロジェクトに携わってきたチームです。東京都主催のピッチイベント「UPGRADE with TOKYO」での優勝実績を礎に、最先端のXR技術の産業分野への応用や、防災・安全教育などの社会課題解決への活用に注力しています。


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